EMDRの黎明期

30年以上も前のこと、アメリカのFrancine Shapiroは乳がんの宣告を受けてしまいました。幸い、乳がんは治療により治癒したのですが、医師より「再発は神のみぞ知る」と告げられたのです。それからは、Shapiroは自身の心身の健康を保つため、様々な心理療法や鍼治療などを勉強しました。

1987年のある日、Shapiroが公園を散歩していた時、いつものように繰り返し浮かぶ不快な考えに悩まされていました。しかし、ふとした時に、突然その不快な考えとそれに伴う不快な感情が消えるという経験をしました。Shapiroは、何が起こってそのような状態になったのかを注意深く検討したといいます。そして、不快な考えが浮かんだ時に、目を速く動かしていたということに気づいたのです。

 

 

その後、彼女は目を速く動かすということが臨床的に有効かどうかを検討するために、多くのカウンセラーの卵たちの力を借りました。そういった経緯の中で、彼女は、どのようにしたら人が眼球を動かしやすいかを実験しました。また、その眼球運動の速度や方向、あるいは、イメージの力、身体感覚、考え、感情などを巧みに組み立てることで、対象者の不快感情を軽減できることがわかりました。

さらに、彼女は、戦争トラウマのサバイバー、レイプ被害者、被虐待者を2群(眼球運動を提供する群と提供しない群)に分け、この手続きを提供したのです。結果は歴然と表れました。眼球運動を提供された群では苦痛度が大きく低下し、もう一方の群では改善が見られなかったのです。倫理的な配慮から、その後、後者の群にも眼球運動の手続きを施行したところ、彼らについても、治療効果が認められました。1989年のことでした。

臨床心理学者Francine Shapiro博士がEMDRを発見したのは、彼女のがん罹患に端を発しているのですね。現在に比して1980年代は、がんの告知そのものが「死」を連想させたことでしょう。EMDRは、Shapiro博士の人生の深淵から生まれ、世界中に捧げられたのです。

参考文献:こころの臨床 アラカルト Vol18 No1 1999年 星和書店

こころのりんしょう アラカルト Vol27 No2 2008年 星和書店

アンドリュー・リーズ(太田茂行 市井雅哉 監訳) EMDR標準プロトコル実践ガイドブック 臨床家,スーパーバイザー,コンサルタントのために 誠信書房 2019年

EMDRの黎明期
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